宗忠鳥居とは

宗忠鳥居とは

京都神楽岡・宗忠神社の正参道の上にたたずむ鳥居(二の鳥居)は「宗忠鳥居」と呼ばれる形式をしております。
数ある鳥居の種類の中で、「神明鳥居」の代表的な形式の一つとして、宗忠神社の名前を冠して「宗忠鳥居」として知られています。

「宗忠鳥居」の呼び名と特徴

「宗忠鳥居」は、この京都神楽岡・宗忠神社が、名称の由来ですが、当社発祥の鳥居ではありません。比較的作りやすい形状のようで、簡素なものが多く、神楽岡・宗忠神社が創建される前から各所に存在していたようです。『歴史と地理』(1923年刊)に収録されている「鳥居の研究」(大須賀眞藏著)において、この形式の鳥居では、当社の鳥居が比較的大型なものであったことから、代表として「宗忠鳥居」と名称を決めたことにより、この呼び方が広まったようです。

宗忠鳥居とは

「宗忠鳥居」の形の特徴

「宗忠鳥居」の形の特徴としては、『鳥居の研究』(根岸栄隆著1943年刊)には、「鹿島鳥居を化粧仕立にして、更に額束を加えたのが宗忠鳥居と称する一形式である」と記載されています。
また、『鳥居考』(津村勇著1943年刊)には、「宗忠鳥居は、鹿島鳥居に額束を取り付け、両柱を少々内方に傾斜(これを転びと言う)せしめたる形にして楔の有無は問題でなく・・・」と記載されています。
「宗忠鳥居」の基本的な形は、「鹿島鳥居」と呼ばれる形式の鳥居に「額束」という部分が加わることです。次に、「楔」の部分についてです。「鹿島鳥居」には、この「楔」が含まれます。しかし、創建当初の「宗忠鳥居」に関しては、当時提出した書類の写しが残っており、その中の図面には楔は描かれておりません。
『鳥居考』や『神道辞典』に書かれる、「宗忠鳥居」の挿絵にも「楔」は描かれておりません。先述の『鳥居考』に書かれているように、「楔」は宗忠鳥居を表すのには、重要ではないようです。

宗忠鳥居とは

石造りの「宗忠鳥居」を再建

この「宗忠鳥居」ですが、実は宗忠神社の境内に存在しない時期がしばらく続きました。
現在の位置に建てられた木製の「宗忠鳥居」が、老朽化した後は、違う形式の木製の鳥居が建てられておりました。
その後、昭和57年(1982)に「宗忠神社御鎮座百二十年記念祝祭」の記念事業の一つとして、現在の場所に石造りの「宗忠鳥居」を再建いたしました。
こうして、「宗忠鳥居」の姿は今日まで伝わっております。

宗忠鳥居とは